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2013/05/01

ハンセン!新日本プロレス闘魂史(#36)

録画した日〔2013/3/29:サムライTV〕

昭和56年4月、6月の蔵前決戦からの3試合。
標題に「ハンセン!」とありますが、3試合出突っ張りだったのは燃える闘魂・アントニオ猪木でした。
激闘を終えてガッチリと握手を交わす因縁の両雄。
昭和56年4月23日、初代タイガー出現という日本プロレス史に残る超重要大会のメインは猪木vsハンセンのNWFヘビー級選手権でした。
そしてこの試合の勝利をもって、王者猪木は団体黎明期の象徴であるチャンピオンベルトと決別。夢の世界統一構想「IWGP」がいよいよ本格的にキックオフされました。
このNWF戦のクライマックスは、試合前ハンセンがテンガロンハットを、猪木が闘魂ガウンをそれぞれリング中央においたシーン。自らの魂を賭けたビッグマッチという意思表示です。
しかし、このアーカイブ放送ではその重要シーンはバッサリカット…。
その代わりなのか「ブレイン・ウォッシュ・バンド(BRAIN WASH BAND)」によるイノキボンバイエ超アップテンポ生演奏リングインが挿入されました。

6月4日の蔵前決戦は「第4回MSGシリーズ」の優勝戦。
この時点でリーグ戦のトップはハンセンで確定。勝ち点38点で猪木とタイガージェットシンが2位に並ぶという展開でした。
優勝戦進出を賭けて行われた2位同士の一騎討ちは、シンのやや控えめな狂乱ファイトでひとまず両リン決着。
しかしこれじゃあ優勝戦が組めないって事で、ランバージャック形式の延長戦に突入したところシンが大暴走。猪木がなんとか反則勝ちを収めました。
こうして迎えた優勝戦。
20分超の狂虎戦を終えたばかりの猪木ですが、ちょっとの休憩時間(間に他の試合は入らなかった模様)でしっかりと髪型を整えてくるあたりは猪木イズムならぬ超過激なダンディズムの一端が伺えます。
猪木はコンディション面で圧倒的に不利だったものの、何だかよく分からんエプロンサイドのゴタゴタによってリングアウト勝ち。MSGシリーズ4連覇を達成しました。
すっかり猪木シンパのアメリカンドリーム・ダスティローデスもジャパニーズボスの偉業を満身創痍で祝福です。
2年後の「IWGP」に向けて大事な大事な種蒔き期となる昭和56年。提唱者・猪木は至宝NWFベルトを返上するなど気合十分の臨戦態勢です。
しかし返上と同じ日に誕生した佐山タイガーや翌年の長州革命など、そんな猪木のテンションを遥かに凌駕する嬉しい想定外が続出。この時点では黄金時代の予感がほんのちょっと漂うだけの蔵前決戦でした。