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2013/09/16

猪木&藤波!新日本プロレス闘魂史(#45)

録画した日〔2013/3/30:サムライTV〕

昭和56年暮れの「第2回MSGタッグリーグ」優勝戦を中心とした3試合を放送。
この年10月にヘビー級へ転向したドラゴン藤波が、師匠猪木と新日タッグ戦線最高峰に挑みます。
12月10日大阪府立体育館。必勝を期す師弟コンビに立ちはだかったのは、スタンハンセンとディックマードックの「テキサスロングホーンズ」でした。
筋骨隆々のアメプロマッチョマンとは一線を画すナチュラルファイター2人。
如何なる理由があろうとも絶対に怒らせてはいけない、あくまでプロレスの範疇でお付き合いしたい超ド迫力の屈強タッグです。
クライマックス大阪決戦時点での星勘定は猪木&ドラゴンとハンセン&マードックが「36」で同点。大巨人アンドレ&レネグレイが「38」で既に一抜けを決めています。
つまりこの師弟コンビvsロングホーンズは決勝進出チーム決定戦。
前年覇者(パートナーはボブ・バックランド)として連覇を狙う猪木、およびヘビー級転向の成果物がほしいドラゴンにとっては、絶対に負けられない大一番となりました。
そんなピリピリムードの大阪決戦リングサイドに招かれざるデッカイお客さんが登場。優勝戦進出を決めているアンドレが、作戦参謀・レネグレイを従えて高みの見物を決め込みます。
奮発して特リンチケット買ったのに前の席に大巨人アンドレがいたら…。
ファン目線からすれば考えただけでも恐ろしい、人間山脈の合法的パワハラです。
アンドレの御前試合となった優勝戦進出マッチは、力量の劣るドラゴンを師匠猪木が徹底フォローする麗しの展開に。
デッカイお客さん・アンドレの介入もあって一旦は両者リン決着になりましたが、超過激な仕掛け人・新間寿の英断により時間無制限の延長線が決行される事となりました。
結局延長戦は猪木の頭脳プレーで師弟コンビが辛勝。アンドレ組との優勝戦へ臨みます。
なお、敗れたハンセンはこれが新日ラストファイト。
このわずか72時間後に勃発する「ハンセンですよ!」の蔵前事変をふまえて見てみると、狂犬マードックとの小さなシェイクハンドにも深いメッセージがあるような気がしてきます。

たった5分のインタバルを経て迎えた優勝戦。
髪の毛のセットで手一杯だった師弟コンビにとって、人間山脈・アンドレザジャイアントはあまりにも巨大な障壁です。
アンドレ組の攻略方法はただ一点、実力的に10枚、15枚近く劣るレネグレイを徹底攻撃することでしょう。
しかし超過激アナ・古舘さんのひとくちメモによれば、このレネグレイはかつて神様・カールゴッチを相方にWWFタッグ王座(WWWFか?)を保持していたとの事。
フランス語が喋れるだけで相方に抜擢されたというのが定説でしたが、どうやら「作戦参謀」の異名は伊達じゃないようです。
手負いの師弟コンビは、猪木がアンドレをボディスラムで投げ切るという、1日2試合目となる疲労を感じさせない大健闘ぶりを披露。 コーナーのドラゴン藤波も、1日2試合目となる疲労を感じさせない超オーバーリアクションで師匠猪木を盛り立てます。
しかし最後はアンドレの超絶パワー殺法が炸裂して師弟コンビは玉砕。フランス系凸凹コンビが暮れのビッグタイトルをゲットしました。
そして特筆すべきは「作戦参謀」レネグレイのインサイドワーク。
大巨人アンドレの歴代ベストパートナーは、誰が何と言おうとこのカナダ生まれの伊達男です。
師走の仕事納めという事もあってか、試合後に猪木とアンドレは握手でノーサイド。
もちろんドラゴン藤波も師匠に追随するのですが、まんまとアンドレのお約束ムーブ=握手でイテテ…の餌食になってしまいます。
翌年(昭和57年)からは本格的にヘビー級の荒波へ船を出すドラゴン。こんな調子で大丈夫なんでしょうか。

放送もう1試合は、昭和56年7月・後楽園ホールのサマーファイトシリーズ開幕戦。
猪木&坂口の新日黄金タッグが、アブドラ・ザ・ブッチャー&バッドニュース・アレンの「黒い恐怖軍団」と激突します。
IWGP参戦の大義名分で殴り込みをかけた黒い呪術師。この7月シリーズから新日マット本格参戦となりました。
しかし猪木との絡みは、この先も含めて燃える要素がほとんどなし。
肝心のIWGPからも蚊帳の外にされ、メインストリームに乗れないまま馬場さんの待つ全日へ出戻りする事となります。

この年の前半には佐山タイガーとタッグを組んでいた元ジュニア戦士・ドラゴン藤波。
大阪の2試合では何となく猪木まかせで引き気味に見えましたが、アンドレ、マードック、ハンセンという超大物が相手ならそれも致し方無いところでしょう。
目の前で繰り広げられるスーパーヘビー級の豪快殺法。
ドラゴンがここで妥協せず肉体的に無茶をした事が、結果的に翌年の佐山タイガーブームと長州力の大ブレイクへと繋がっていきます。
日本プロレス史の重要な起点となったドラゴンチャレンジ。
プッシュした猪木&新間の仕掛け人サイドも含め、イケイケの新日が一丸となって成し遂げたファインプレーだったと言えるでしょう。