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ラベル 勝新太郎 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2016/02/19

【TV初】モハメッド・アリ 黒い魂 -STAND UP LIKE A MAN

録画した日〔2016/2/11:日本映画専門チャンネル〕

あの「勝プロ」が制作したモハメドアリのドキュメンタリー。
監督は勝新ではなくリックバックスターという方。公開は昭和49年10月、上映時間はたったの51分だったそうです。
夕焼けを走るアリにデーンと浮かび上がる「EXECUTIVE PRODUCER SHINTARO KATSU」。世紀の日米マッチアップにニンマリする勝新が目に浮かびます。
しかしそもそも、相撲好きの座頭市と世界のアリは何つながりなのか…。私には知る由もありません。
この映画の製作期間(=密着期間)は2年半との事。
試合やトレーニングよりもプライベートショットを重視。“ピープルズチャンピオン”だけあって、黒人社会を取り巻く不条理に対する怒りや叫びが多かった感じです。
劇中歌はリッチーヘヴンス氏が担当。勝新の趣味かどうかは不明です。
Wikipediaによるとリッチー氏は伝説の3日間興業「ウッドストック」の初日トップバッターを務めたレジェンド。
ナレーションや効果音などの味付けが無いこの作品において極めて重要な役割を果たしています。

昭和47年、アリはマックフォスターとのノンタイトル戦のために来日。
マッチメイクの経緯はよく分かりませんが、アリ的にはちょっとしたお小遣い稼ぎのノリだったのかもしれません。
ちなみに会場は武道館。4年後同じ場所で日本人ペリカン野郎と相まみえるなんて、この時は夢にも思わなかったでしょう。
このフォスター戦で5ラウンドKO予告をブチ上げていたアリ。
東京12チャンネルの「5R」看板を強奪して颯爽と登場したものの、結果はビッグマウス不履行の15ラウンド判定勝ちとなっています。
「勝プロ制作」の甘い響きに釣られた私からすると“?”だらけの勝新要素ゼロ作品。アリファンの評価は分かりませんが、いわゆる「誰得?」な作品なのかもしれません。
なお、ネット情報によると勝プロの借金体質はこの映画の大コケが起点になっているとの事。その後の勝プロ面白エピソードを鑑みると実に重要な51分だと言えるでしょう。

2015/07/10

森繁対談・日曜日のお客様 #5 ゲスト:勝新太郎

録画した日〔2015/7/7:日本映画専門チャンネル〕

超大御所・森繁久彌が主宰する30分のトーク番組。
放送開始は昭和57年4月。高倉健→黒柳徹子→金やん父子→井上靖という豪華リレーを受けた#5のゲストは、我らが勝新太郎でした。
番組が始まったのにヒソヒソ話に夢中の2人(チョメチョメ話だった模様)。
「あぁ、もう始まってんの?」とすっとぼける勝新を「皆さまが聞いてもいいようなお話をしていただかなきゃ…」とたしなめる森繁。
芸道覇権を獲った両雄のトークバトルに早くも名勝負の予感が漂います。
本編早々「倒産すると太るな」とシュートを仕掛けた森繁に、勝新は「屋根の“裏”のヴァイオリン弾き、見た」とがっちりロックアップ。
ちなみにそんな2人の歳の差は「18」。けっこう離れてます。
森繁の口撃のとおり、勝新は前年に「勝プロ」がブッ潰れて12億もの巨額負債を抱える身。
しかしこの番組では「女は母さん、男は父さん(倒産)」「オレは一人前の男になりつつある」などと債権者を逆なでする妄言を次々投下。
ただ、こんなニッコニコ顔で言われたらお金なんてどうでも良くなっちゃいそうです。
そしてなんと森繁も勝プロ債権者の1人だったという事実も発覚。
勝プロ作品に幾度となく出演している森繁は、全部「友情出演」と言いくるめられてギャラを1円も貰えてないんだとの事でした。
反省のカケラもない勝新は近々郵便貯金ホールでのコンサートを控えてるそう。
「貯金だなんて名前が良くない」と言いつつキャパ1,500人の大箱公演にノリノリの勝新でしたが、森繁は「我々仲間も4,5人は行く」とチクリ。
これには勝新も「誰もコン(来ん)サート…」とがっかりです。
江戸時代に書かれた“フロイス日本史”を最近読んだというインテリ森繁から「本を読みなさい」と諭されたグータラ勝新。
「うん、あぁフロイス。フロ、イス…、風呂の椅子って覚えりゃいい」と渾身のボケを返しますが、呆れた森繁に淡々とスルーされてしまいました。
そんな勝新が一転しんみり語ったのはこの年亡くなったお母さんの話。
有名な「俺を産んでくれたところに顔を…」というエピソードも披露されました。
Wikipediaにも出ているこのネタは、もしかして日曜お昼のこの番組が起源だったのでしょうか。
そしてお母さんが眠るお棺に禁酒を誓ったという勝新。しかしテーブルにはトーク冒頭からハイペースで空けてるウイスキーのグラスが…。
森繁円熟のツッコミに勝新はニヤリ。いい話がすっかり台無しです。
こんな感じで勝新の人たらしっぷりをレジェンド森繁がノラリクラリ引き出す展開となったこの番組。
お酒が入ったせいもあるでしょうが、まったりとかユルいとかいったフレーズが当てはまる味わい深い30分1本勝負でした。

私が小学生の頃からすでに大長老だった森繁翁。
放送当時は69歳。亡くなったのはつい最近の2009年。享年96歳での大往生でした。
今後のゲストも吉永小百合やら松本清張やら経団連の土光さんやら凄まじい顔ぶれ。
まさしく森繁久彌でなければ成り立たない、昭和の重厚なトーク番組です(ただし今回を除く)。

2015/06/23

ザ・プロファイラー 最終回「勝新太郎 常識なんて捨てちまえ!リアル追求伝説」

録画した日〔2015/3/11:NHKBSプレミアム〕

歴史に名を残す偉人の人物像をプロファイリングする番組。
曹操、カエサルからエジソン、手塚治虫、ボブマーリーなど人選はオールジャンルのようです。
今回(最終回)のターゲットは勝新太郎。プロファイラーは軍師官兵衛ことV6の岡田君。
岡田君は勝新を熱くリスペクトしているとの事ですが、名門ジャニーズの幹部候補生、くれぐれも本業以外のフォロワーにはならないように願いたいところです。
糟糠の妻・中村玉緒さんもプロファイラー補佐として参戦。
勝新ブレイク前の共演オファーを「うちイヤや」とムゲにブッタ斬ったエピソードが暴露されても、NHKのド真ん中で勝新愛を叫び続けました。
その他の補佐メンバーは小堺一機氏と映画監督・大友啓史氏。
ごきげんよう小堺氏は「勝アカデミー」とかいうエンタメ虎の穴第1期生。さらに卒業後に欽ちゃん門下で修行を積むという修羅の道を歩んだ凄玉です。
番組は20代の下積み時代から奇抜なアイデア連発でのし上がった座頭市期までを紹介する定番構成。
表題の「常識なんて…」関連のエピソードは主にTV版座頭市から。脚本オールリセットの傑作冬の海最終回「夢の旅」が取り上げられました。
もはや語り尽くされた感もある勝新だけあって新しいネタはありませんでしたが、お宝グッズはいくつか登場。
仕込み杖はもちろん、ウェアラブルおにぎりのサポーターや草履など、ドラマで実際に使用されていた座頭市愛用品が発掘されています。
これはTV版1stシーズン放送開始日(昭和49年10月3日)における新聞のTV欄。
木曜夜8時の裏番組はTBS「ありがとう(京塚昌子ver)」。ゲッターロボ→クイズグランプリ→スター千一夜からの流れを持ってすれば座頭市に分がありそうです。
「同じことは2度しない」という理想のもと、1話¥2,000万という破格の制作費で全100話突っ走ったTV版は当然好視聴率を記録。
しかしこれらを1人で牽引した代償は大きく、TV版座頭市終了以降の勝新は一転混迷に喘ぐこととなってしまいます…。
そして満を持して晒し上げられたのが昭和55年放送開始の「警視-K」。
勝新の混迷期を語るには、当初半年の予定が3ヶ月で緊急打ち切りになったこのクソドラマ1本で事足りるのではないでしょうか。
ボソボソセリフを槍玉に「聞き取れない」「テレビが壊れた」など昭和の茶の間から散々なバッシングを浴びた警視K。
ただそんな救いようのないこのクソドラマこそ「常識なんて…」の番組コンセプトを最も端的に表しているのかもしれません。
混迷期の象徴とも言える対クロサワ戦ももちろんカットイン。ニッコニコ蜜月からの冷戦突入は一つの作品の域と言えるでしょう。
この他、平成に入ってのパンツ案件も混迷期の出来事として取り上げられています。
昭和56年に勃発した勝プロ倒産劇。神妙に記者会見を行う勝新はくたびれてやつれた下町の零細社長さんのよう。
ただこの御方の場合、これがお客を喜ばせるため芝居でありネタでありコスプレであるという線も否めないので下手に同情をしてはいけません。
最後は笑おうにも笑えない晩年闘病期の話へ。
病の中でも創作意欲は旺盛だったようで、絶筆とも言える入院中に記した無数の直筆メモが発掘されました。
勝プロのルーズリーフはぜひとも仕事で使いたい。いったいどこで手に入るのでしょうか。
闘いの果てに勝新が旅立ったのは平成9年6月。
この番組では築地本願寺で執り行われた告別式の模様が少し流されました。いつも陽気な玉緒さんが悲しむ姿はやっぱり見たくないものです。
この手の番組に私が期待してるのは、いわゆる「秘蔵」とか「お宝」とか言われるアホバカおもしろ映像の蔵出し。
今回それらは少なめでしたが、プロファイラー岡田君の勝新愛など見どころ豊富な内容だったと思います。

2014/12/10

武田鉄矢の昭和は輝いていた #85「希代の名優・勝新太郎」

録画した日〔2014/12/3:BSジャパン〕

昭和を飾った人や出来事にスポットを当てる番組。
今回は“稀代の名優”として勝新太郎が取り上げられました。
グラスを掲げ満面のスマイルを振りまく我らが勝新。これは昭和57年に開催されたディナーショーからのお宝映像です。
ちなみに「THE MAN NEVER GIVE UP」とは同年リリースのアルバムタイトル。
借金、倒産、バカ息子(娘)など当時次々とみまわれた自業自得案件にも決して屈しないという、漢・勝新渾身の決意表明と解釈できるでしょう。
唄うは、アップテンポにアレンジされながら艶っぽい仕上がりの名曲「慕情 ~Love Is a Many-Splendored Thing」(歌詞は英語のまま)。
和洋なんでもこの方が唄えばそれ即ち「勝新バージョン」。粋人の面目躍如です。
BSジャパンはディナーショーに強いのか、平成5年大阪大会の貴重映像も放出。
お客さんはもとよりご本人が一番楽しそうな極上エンターテイメント。そのアトモスフィアを体感できなかったのが私としては残念でなりません。
大阪大会からのチョイスは定番「マイ・ウェイ(日本語詞)」。熱唱の末ステージで昇天するその勇姿はジムモリソンを彷彿とさせます。
ちなみにこれらライブ映像に当てられた時間はたったの3,4分。完全版のリリースを切に望みたいところです。
この番組の目玉はこうした秘蔵ライブ映像ではなく、糟糠の妻・玉緒さんの参戦。
「勝新なしでも存在し得る…」のとおり単独でも超S級の技量を誇るバラエティ女王ですが、ここでは夫をたてる語り部に徹していた感じでした。
一方ホスト役の金八は「不知火検校」「悪名」「座頭市」といった一連の作品群に完全対応。ネタ揃えは玉緒さんを凌駕するレベルです。
これは技量や知識量という話ではなく先人に対するリスペクトがあるからこそ。
それより何より、ビッグスター・勝新の事が大好きでたまらないのでしょう。
ちなみにもう一人のゲストは、TV版座頭市のリアルタイム世代で勝新ムーブをステージに取り入れているという“クレージーケンバンド”ケン氏。
こうした愛のあるメンバー構成のため、パンツ系の不謹慎ネタは出てきませんでした。
しかしそんな中ひとつ気になったのは、ケン氏の隣、テーブル端っこの席がずっと空いている事。なにやらイヤな予感が漂います…。
そして終盤に出現した「警視-K」の巨大ロゴ。
玉緒さんや金八の献身トークをブッタ斬る、昭和で輝けなかったクソドラマへの不可解スポットです。
こうなると「空席」の行方は確定。クソドラマをクソドラマたらしめたあの超良血女優が勇躍参戦を果たしました。
空席を埋めたのはもちろん奥村真粧美。
ますますお父さんに似てきた彼女にとって「警視-K」はデビュー作にして代表作。見ている側としてもこの人あってこそのクソドラマです。
席順のいたずらで母娘タッグの超ド級サンドイッチ攻撃を食らってしまったケン氏。名フレーズ「オレの話を聞けぇ!」を出す余地などありません。
勝新の語り部としてまだまだ駆け出しの氏にとっては、デビュー戦でいきなりハンセン&ブッチャーを当てられた谷津嘉章のような思いもよらぬ災難だったのではないでしょうか。
石橋蓮司がシュートを仕掛けられたシーン(#1)を丁寧に解説するなど、TV版座頭市と同じボリュームで扱われた警視-K。
そしてここでも素晴らしかったのは金八の対応力、引き出しの多さ。
褒める所なんかないはずなのに「初めて音声にピンマイクを使った。画期的。」など業界におけるこのドラマの存在価値をプッシュしてくれました。
いろいろあって映画やTVという遊び場を奪われた晩年、勝新は玉緒さんと舞台をこなしていました。
宣伝がてらの稽古風景は、なんとなくワイドショーで見た記憶あり。
ただしメインは昭和のスーパースター勝新ではなく、当時バラエティ業界を席巻していた玉緒さんだったような気がします…。
この手のリスペクト番組で楽しみなのは「本業」以外のおもしろ映像放出。
時間的には微々たるものでしたが、今回はディナーショーが見られて取りあえず満足でした。
ただ、BSジャパンは関東のアナーキー・TV東京系。もうちょっと何かなかったかなぁ、という気も。
実は一番良かったのはMC金八=武田鉄矢が随所に見せた勝新愛だったかもしれません。