録画した日〔2014/12/4:グリーンチャンネル〕
過去の有馬記念をパトロールビデオ目線でふり返る番組。
分析役は岡部幸雄、池添謙一という有馬3勝ジョッキーの2人です。
昭和59年の有馬。皇帝・シンボリルドルフの盤石っぷりというより何より、今から30年前のパトロールビデオがしっかり保存されている事が驚きです。
このあたりは“お役所”JRAの真骨頂か。
ニッチに商品化でもすれば国庫がちょっと潤うかもしれません。
ルドルフ完勝劇の分析はもちろん岡部幸雄氏が担当。タッチペンを駆使して30年越しのレース回顧です。
ただ、このタッチペン芸はそもそも武豊のオリジナル。
JRA大正義2人によるなんともキナ臭い「強奪」アングルが勃発しました。
ルドルフの他に岡部氏が回顧したのは、昭和63年オグリキャップ、平成13年グラスワンダー、17年ハーツクライの3つ。
たまたまかもしれませんが、これらはいずれも武豊にとって痛恨のレース。
こうなったら武豊は平成2年オグリ復活=岡部ヤエノムテキ放馬をタッチペンでイジくリ倒すしかないでしょう。
番組後半には現役代表の池添ジョッキーが参戦。
ここ5年で3勝(ドリームジャーニー、オルフェーヴル×2)という戦績は驚異的。「馬が強かった」という側面もたしかにありますが、その範疇だけでくくるのは失礼な話です。
そんな池添ジョッキーは「負けちゃあエラい事になる」「気持ち良く引退式ができました」と昨年のオルフェーヴルのラストランを回顧。
タイキシャトル(スプリンターズS)で大ポカをかました岡部氏の隣でこれをブチ上げるとは、何たる強心臓の持ち主でしょう…。
グリーンチャンネルでは毎週放送されているパトロールビデオ。平場の何でもないレースでも思わず見入ってしまう不思議な魅力があります。
こんな風にアーカイブネタがあるのなら「競馬年鑑」みたいに時系列で全重賞をオンエアしてほしいものです。
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2014/12/19
2014/05/05
The GAME-震えた日 オグリキャップ「伝説のラストラン」~1990.12.23~
録画した日〔2014/1/3:BSフジ〕
伝説の名勝負=The GAMEに関わった人々がいろいろ語る番組。
2014年の正月に放送され、このオグリ「1990.12.23」の他にはセリーグ同率優勝戦「1994.10.8」と羽生善治7冠制覇「1996.2.14」が取り上げられたようです。
例のごとく今さら新発見などがあるはずなし、分かっちゃいるけど見てしまうオグリ案件。
「ラストで手前を変えた」「心拍数がスゴい」という定番ネタにプラスされた仕掛けは、日本競馬界2大巨頭の出走でした。
「TheGAME」の立役者である武豊。
並みのジョッキーならこのネタだけで20年以上食っていくもんですが、武豊にとっては若手時代に達成した仕事の1つという位置付けでしょう。
そんな業界の大正義が「第2のオグリキャップは出てこない」といった風にオグリについて語るのは珍しい気がします。
もう1人の巨頭は最初の有馬記念で手綱をとった岡部幸雄。関連書籍などによるとオグリとは色んな大人の事情で「1回限り」の関係だったような…。
そもそもオグリは”馬優先主義”と対極にいるキャラ。
そんな諸々曰く付きの名人による証言はとても貴重なものと言えるでしょう。
なお「TheGAME」で岡部は天皇賞馬・ヤエノムテキに騎乗。主役のオグリと同じくこれが引退レースでした。
そしてこの人馬に降り掛かった「罰ゲーム」は決して触れてはいけないところ。
と思いきや、鈴木淑子さんらの絶妙な仕掛けであっさり笑い話へと昇華しました。
業界に残した実績からして何をやっても語っても大正義となる両巨頭。
中山競馬場でのスクーリング(岡部)、芝コースでの追い切り(武豊)と、2人がそれぞれの有馬本番前に企てたアクションはいずれもオグリ伝説の重要エッセンスになっています。
この「TheGAME」で実況を担当したフジテレビ・大川アナ。
本来なら大ポカである「右手を挙げたタゲユダガ!」は、隣りに座ってた同じ名字の神様による「ライアン」連呼とともにこれまたオグリ伝説の重要エッセンスであると言えます。
今や業界の重鎮である鈴木淑子さんによる若き日の号泣配当金読み→潮哲也さんのダンディなフォローも伝説のエッセンス。
公営競技を伝えるにあたってあってはいけないケース。
しかし、オグリの波瀾万丈プロセスを間近に見続けたうら若き女性にここで泣くなというのは無理な話でしょう。
ネタも切り口も出尽くしている1990.12.23。
出てきてないのは、ある意味伝説の最重要エッセンスである元ジョッキー・増沢末夫の大暴露ぐらいでしょう。
まあ、それがあろうと無かろうとやってたら取り敢えず見てしまうんですが…。
伝説の名勝負=The GAMEに関わった人々がいろいろ語る番組。
2014年の正月に放送され、このオグリ「1990.12.23」の他にはセリーグ同率優勝戦「1994.10.8」と羽生善治7冠制覇「1996.2.14」が取り上げられたようです。
例のごとく今さら新発見などがあるはずなし、分かっちゃいるけど見てしまうオグリ案件。
「ラストで手前を変えた」「心拍数がスゴい」という定番ネタにプラスされた仕掛けは、日本競馬界2大巨頭の出走でした。
「TheGAME」の立役者である武豊。
並みのジョッキーならこのネタだけで20年以上食っていくもんですが、武豊にとっては若手時代に達成した仕事の1つという位置付けでしょう。
そんな業界の大正義が「第2のオグリキャップは出てこない」といった風にオグリについて語るのは珍しい気がします。
そもそもオグリは”馬優先主義”と対極にいるキャラ。
そんな諸々曰く付きの名人による証言はとても貴重なものと言えるでしょう。
なお「TheGAME」で岡部は天皇賞馬・ヤエノムテキに騎乗。主役のオグリと同じくこれが引退レースでした。
そしてこの人馬に降り掛かった「罰ゲーム」は決して触れてはいけないところ。
と思いきや、鈴木淑子さんらの絶妙な仕掛けであっさり笑い話へと昇華しました。
業界に残した実績からして何をやっても語っても大正義となる両巨頭。
中山競馬場でのスクーリング(岡部)、芝コースでの追い切り(武豊)と、2人がそれぞれの有馬本番前に企てたアクションはいずれもオグリ伝説の重要エッセンスになっています。
この「TheGAME」で実況を担当したフジテレビ・大川アナ。
本来なら大ポカである「右手を挙げたタゲユダガ!」は、隣りに座ってた同じ名字の神様による「ライアン」連呼とともにこれまたオグリ伝説の重要エッセンスであると言えます。
今や業界の重鎮である鈴木淑子さんによる若き日の号泣配当金読み→潮哲也さんのダンディなフォローも伝説のエッセンス。
しかし、オグリの波瀾万丈プロセスを間近に見続けたうら若き女性にここで泣くなというのは無理な話でしょう。
ネタも切り口も出尽くしている1990.12.23。
出てきてないのは、ある意味伝説の最重要エッセンスである元ジョッキー・増沢末夫の大暴露ぐらいでしょう。
まあ、それがあろうと無かろうとやってたら取り敢えず見てしまうんですが…。
2014/02/15
中央競馬黄金伝説 #81「トウカイテイオー追悼企画」
録画した日〔2013/11/23:フジテレビONE〕
去年の8月30日にこの世を去ったトウカイテイオーの追悼番組。
レースだけでなく、パドックや本馬場入場のアーカイブ映像で蹄跡を振り返ります。
テイオーの「見せ場」はレースだけではなくパドックにもありました。
これはクラシック初戦・平成3年皐月賞のパドック。超イケメンのルックスとグニャグニャの歩様は、他の馬とは明らかに違うスペシャルワンとしての資質に溢れています。
「トウカイテイオーが復活したゾ(by杉本アナ)」の産経大阪杯が私のとってベストレース。出走決定からレース当日までのワクワクソワソワ感は尋常でないものでした。
「地の果てまで走る」。
普段多くを語らない岡部ジョッキーがブチ上げたこのビッグマウスは日本競馬史に残る名言です。
地の果てまで走れるはずだった3200m天皇賞(春)は5着惨敗。
よくよく考えればマックイーンが負ける要素を探すほうが難しいぐらいの「1強」レースだったんですが、当時は地の果てどころかこの世の果てレベルの絶望に打ち拉がれたものです。
その後の「骨折してた」の報に不謹慎ながら救いを感じたのは私だけではないでしょう。
初の敗戦から半年後、ぶっつけ復帰戦の天皇賞(秋)は7着。
しかしこの連続惨敗は国際G1の大舞台・ジャパンカップへの大いなる前フリでした。
史上最強メンバーを向こうに直線でスイスイ先頭に立った姿は痛快そのもの。
「岡部やった!」の岡部ジョッキーはもちろん、地の果てまでモヤモヤしていた我々テイオー信者も渾身のガッツポーズです。
スカッと快勝のジャパンカップでしたが、その翌月のグランプリ有馬記念では全くいいところなく不甲斐なさすぎの11着惨敗。
お腹こわして虫下しを飲んでたという、なんとも切ないエクスキューズ付きの転落劇でした。
そんな悪夢の11着惨敗は翌年の有馬記念で1年越しの大河ドラマへと昇華します。
1年のブランクがありながら単勝は4番人気。しかしこれはこの日がラストランと思った記念馬券の割合が強かったのでは?
もちろん私もその1人でした…。
最強馬・ビワハヤヒデを封じ込んで前代未聞驚愕の大復活を果たしたテイオー。
一敗地に塗れたかつてのパートナー・岡部ジョッキーが「他の馬に負けるくらいならテイオーに負けた方がいい」とレース後に言ったとか言わなかったとか。
「地の果てまで…」といい、このスーパーホースは冷静沈着な岡部ジョッキーを名ゼリフ製造機へと変貌させるポテンシャルをも内蔵していました。
オグリキャップで競馬にハマった私にとって、トウカイテイオーは初めて一から追いかけたダービー馬。
あれから20年、テイオーより強い馬は何頭も出現しましたが、テイオーよりもカッコいいスターホースは私の前には現れていません。
何年経とうとリスペクトし続けたい思い入れ段違いの「最強馬」です。
去年の8月30日にこの世を去ったトウカイテイオーの追悼番組。
レースだけでなく、パドックや本馬場入場のアーカイブ映像で蹄跡を振り返ります。
テイオーの「見せ場」はレースだけではなくパドックにもありました。
これはクラシック初戦・平成3年皐月賞のパドック。超イケメンのルックスとグニャグニャの歩様は、他の馬とは明らかに違うスペシャルワンとしての資質に溢れています。
「トウカイテイオーが復活したゾ(by杉本アナ)」の産経大阪杯が私のとってベストレース。出走決定からレース当日までのワクワクソワソワ感は尋常でないものでした。
「地の果てまで走る」。
普段多くを語らない岡部ジョッキーがブチ上げたこのビッグマウスは日本競馬史に残る名言です。
地の果てまで走れるはずだった3200m天皇賞(春)は5着惨敗。
よくよく考えればマックイーンが負ける要素を探すほうが難しいぐらいの「1強」レースだったんですが、当時は地の果てどころかこの世の果てレベルの絶望に打ち拉がれたものです。
その後の「骨折してた」の報に不謹慎ながら救いを感じたのは私だけではないでしょう。
初の敗戦から半年後、ぶっつけ復帰戦の天皇賞(秋)は7着。
しかしこの連続惨敗は国際G1の大舞台・ジャパンカップへの大いなる前フリでした。
史上最強メンバーを向こうに直線でスイスイ先頭に立った姿は痛快そのもの。
「岡部やった!」の岡部ジョッキーはもちろん、地の果てまでモヤモヤしていた我々テイオー信者も渾身のガッツポーズです。
スカッと快勝のジャパンカップでしたが、その翌月のグランプリ有馬記念では全くいいところなく不甲斐なさすぎの11着惨敗。
お腹こわして虫下しを飲んでたという、なんとも切ないエクスキューズ付きの転落劇でした。
そんな悪夢の11着惨敗は翌年の有馬記念で1年越しの大河ドラマへと昇華します。
1年のブランクがありながら単勝は4番人気。しかしこれはこの日がラストランと思った記念馬券の割合が強かったのでは?
もちろん私もその1人でした…。
最強馬・ビワハヤヒデを封じ込んで前代未聞驚愕の大復活を果たしたテイオー。
一敗地に塗れたかつてのパートナー・岡部ジョッキーが「他の馬に負けるくらいならテイオーに負けた方がいい」とレース後に言ったとか言わなかったとか。
「地の果てまで…」といい、このスーパーホースは冷静沈着な岡部ジョッキーを名ゼリフ製造機へと変貌させるポテンシャルをも内蔵していました。
あれから20年、テイオーより強い馬は何頭も出現しましたが、テイオーよりもカッコいいスターホースは私の前には現れていません。
何年経とうとリスペクトし続けたい思い入れ段違いの「最強馬」です。
2014/02/11
グリーン・シネマ「花の大障碍」
録画した日〔2013/12/10:グリーンチャンネル〕
昭和34年に公開された競馬映画。
「ハヤテ」というサラブレッドが中山大障害(春)を制覇するまでの軌跡が描かれます。
ダービー馬・トキノミノルへのオマージュ「幻の馬(昭和30年)」と同じ製作陣が参画したこの作品。
「ハヤテ」に実在のモデル馬はいないようですが、大正義・日本中央競馬会(JRA)の全面協賛を取り付けたのは4年前と同様です。
そして今回は、JRA本丸により深く踏み込んだ舞台設定、ストーリーとなっています。
メインのロケ地は府中の東京競馬場。美浦トレセンがなかったこの時代は、ここに関東馬の厩舎がありました。
今から55年前のリアル「競馬村」で繰り広げられる人間ドラマ。
だいたい想像が付くストーリーはともかく、総天然色で映し出されるそのディティールに興味が尽きません。
装鞍所のような実務施設から、たばこ屋、馬頭観音といった生活区域まで隅々ロケに開放された府中の杜。
ジョッキーや関係者が自転車で行き交うのは今も同じですが、厩舎2階からのレース観戦は当時ならではの光景といえるでしょう。
厩務員の娘・若尾文子と新進ジョッキー・川口浩のフレッシュカップルは「庭」である本馬場大ケヤキの下で逢引き。
競馬ファンからすれば夢の様なデートに見えますが、2人の話はハヤテの次走がうんぬんかんぬん…。
競馬村ならではのアツい愛の語らいです。
その若尾文子の父親・志村喬がこの作品の実質の主人公。
馬にイレ込むあまり奥さんには逃げられ、周囲からは「キ○ガイ」とFourLetterWordsで評される超情熱的な厩務員です。
そんな志村喬が手塩にかける3歳馬ハヤテは、素質抜群ながら気性難がたたって惨敗続き。スタート練習などで矯正を試みたもののブレイクの気配はありません。
そんな状況に業を煮やした馬主はハヤテの売却、転厩を決めてしまいました。
愛馬との絆を引き裂かれブチ切れた志村喬は、なんと厩舎からハヤテを強奪。貨物列車を自腹でチャーターし生産牧場のある福島へ連れ去ります。
ちなみにこのトンパチ事件のスタート地点は東京競馬場の最寄り駅でありJR貨物の重要ターミナルでもある府中本町駅。
その絵に描いたようなローカル駅っぷりから現在の隆盛は想像できません。
福島で人馬一体の再出発を期す志村喬。
ある日ハヤテが牧場の柵をヒョイッと飛び越えたシーンに着目し、すぐさま平地から障害への転向を決意します。
誘拐事件を起こしてまで出した結論が障害転向…。
その行動力は評価すべきでしょうが、何とも人騒がせなガチンコ厩務員です。
府中に戻った志村喬は馬主に詫びを入れ厩舎に復帰。さっそくハヤテに障害飛越の訓練を施します。
ハヤテは幼少期の水難事故のトラウマで水濠障害が苦手な様子。
その辺の事情も把握済みの志村喬は自ら水濠に飛び込んでズブ濡れになるなど熱血指導を敢行しました。
黒澤映画の主要キャストでもある名優・志村喬。
馬を曳く姿や、脚部を気遣う佇まいなど本職と見紛うほどのクオリティです。
特に関心したのはジョッキーの騎乗を補助するシーン。
パドックでよく見る光景ですが、志村喬のそれは本物のベテラン厩務員とほぼ変わらない自然な動き。役者として段違いのスキルを見せ付けました。
志村喬との二人三脚で初戦に臨んだハヤテは、懸念された水濠障害も難なくクリアして2着をゲット。障害馬として幸先の良いスタートを切りました。
ちなみにJRA全面協賛だけにレースシーンは充実。
生垣への接写などは現代の競馬中継でも取り入れてほしいもんです。
何とも味わい深い55年前の東京競馬場パドック。
無人のパドックでレース結果を待つのが若尾文子のゲン担ぎのようで、その結果ファンには堪らない貴重な映像が残されました。
この映画のメインレースは中山大障害。
初戦2着の後どういったステップを踏んだのかは不明ですが、ハヤテもこの伝統と格式の大レースにエントリーしました。
ここから舞台は中山競馬場へシフト。
レースどころか馬場内事務所での出馬投票シーンから描き入れるという相当な気合いの入りようです。
なお、ハヤテは事前入厩せずに当日輸送でレースへ向かう事になりました(調教師とJRA職員の会話から判明)。
もちろんレース当日もそこまで必要かって感じの詳細描写が連発。
ジョッキー整列から本馬場入場、返し馬まで、大レースへ向けテンションを上げていきます。
G1レースでお馴染みの鼓笛隊パレードは中山大障害のステータスを表すシーン。
今は冷遇されがちな障害戦ですが、春と秋の大障害(グランドジャンプ)ぐらいは盛大なお祭りレースにしてもいいのではないでしょうか。
パドックが本拠地の若尾文子のおかげで中山のパドックも丁寧にカットイン。
府中もそうですが出走馬とオッズの掲示板は今の半分以下のサイズでしょうか。
枠連と単複しかなかった時代とはいえ、ずいぶんとシンプルなつくりです。
スタートからゴールまでカメラを何台駆使したのか、大障害のレース本番シーンはド迫力の一語です。
大竹柵や赤レンガ大生垣といった鬼畜ギミックに尋常でないアップダウン…。
テレビ中継では映り切らない中山4,100m襷コースの凄まじさが手に取るように伝わってきました。
ハヤテはゴール前の差しきりで大障害を制覇。直前入厩も含めた志村喬の英断がめでたく実を結ぶ大団円となりました。
勝利ジョッキーは我らが探検隊長・川口浩。
レース後のちょっとくたびれた騎乗姿勢など、本物のジョッキーとほぼ見分けがつかない名演です。
この手の映像作品は歴史考証の資料としても後世に残るのでとても有意義です。
そういう意味では今の時代でもどんどんチャレンジするべき。まあ「G1DREAM」みたいな糞ドラマになるのが関の山でしょうが…。
昭和34年に公開された競馬映画。
「ハヤテ」というサラブレッドが中山大障害(春)を制覇するまでの軌跡が描かれます。
「ハヤテ」に実在のモデル馬はいないようですが、大正義・日本中央競馬会(JRA)の全面協賛を取り付けたのは4年前と同様です。
そして今回は、JRA本丸により深く踏み込んだ舞台設定、ストーリーとなっています。
メインのロケ地は府中の東京競馬場。美浦トレセンがなかったこの時代は、ここに関東馬の厩舎がありました。
今から55年前のリアル「競馬村」で繰り広げられる人間ドラマ。
だいたい想像が付くストーリーはともかく、総天然色で映し出されるそのディティールに興味が尽きません。
装鞍所のような実務施設から、たばこ屋、馬頭観音といった生活区域まで隅々ロケに開放された府中の杜。
ジョッキーや関係者が自転車で行き交うのは今も同じですが、厩舎2階からのレース観戦は当時ならではの光景といえるでしょう。
厩務員の娘・若尾文子と新進ジョッキー・川口浩のフレッシュカップルは「庭」である本馬場大ケヤキの下で逢引き。
競馬ファンからすれば夢の様なデートに見えますが、2人の話はハヤテの次走がうんぬんかんぬん…。
競馬村ならではのアツい愛の語らいです。
その若尾文子の父親・志村喬がこの作品の実質の主人公。
馬にイレ込むあまり奥さんには逃げられ、周囲からは「キ○ガイ」とFourLetterWordsで評される超情熱的な厩務員です。
そんな志村喬が手塩にかける3歳馬ハヤテは、素質抜群ながら気性難がたたって惨敗続き。スタート練習などで矯正を試みたもののブレイクの気配はありません。
そんな状況に業を煮やした馬主はハヤテの売却、転厩を決めてしまいました。
愛馬との絆を引き裂かれブチ切れた志村喬は、なんと厩舎からハヤテを強奪。貨物列車を自腹でチャーターし生産牧場のある福島へ連れ去ります。
ちなみにこのトンパチ事件のスタート地点は東京競馬場の最寄り駅でありJR貨物の重要ターミナルでもある府中本町駅。
その絵に描いたようなローカル駅っぷりから現在の隆盛は想像できません。
福島で人馬一体の再出発を期す志村喬。
ある日ハヤテが牧場の柵をヒョイッと飛び越えたシーンに着目し、すぐさま平地から障害への転向を決意します。
誘拐事件を起こしてまで出した結論が障害転向…。
その行動力は評価すべきでしょうが、何とも人騒がせなガチンコ厩務員です。
府中に戻った志村喬は馬主に詫びを入れ厩舎に復帰。さっそくハヤテに障害飛越の訓練を施します。
ハヤテは幼少期の水難事故のトラウマで水濠障害が苦手な様子。
その辺の事情も把握済みの志村喬は自ら水濠に飛び込んでズブ濡れになるなど熱血指導を敢行しました。
黒澤映画の主要キャストでもある名優・志村喬。
馬を曳く姿や、脚部を気遣う佇まいなど本職と見紛うほどのクオリティです。
特に関心したのはジョッキーの騎乗を補助するシーン。
パドックでよく見る光景ですが、志村喬のそれは本物のベテラン厩務員とほぼ変わらない自然な動き。役者として段違いのスキルを見せ付けました。
志村喬との二人三脚で初戦に臨んだハヤテは、懸念された水濠障害も難なくクリアして2着をゲット。障害馬として幸先の良いスタートを切りました。
ちなみにJRA全面協賛だけにレースシーンは充実。
生垣への接写などは現代の競馬中継でも取り入れてほしいもんです。
何とも味わい深い55年前の東京競馬場パドック。
無人のパドックでレース結果を待つのが若尾文子のゲン担ぎのようで、その結果ファンには堪らない貴重な映像が残されました。
この映画のメインレースは中山大障害。
初戦2着の後どういったステップを踏んだのかは不明ですが、ハヤテもこの伝統と格式の大レースにエントリーしました。
ここから舞台は中山競馬場へシフト。
レースどころか馬場内事務所での出馬投票シーンから描き入れるという相当な気合いの入りようです。
なお、ハヤテは事前入厩せずに当日輸送でレースへ向かう事になりました(調教師とJRA職員の会話から判明)。
ジョッキー整列から本馬場入場、返し馬まで、大レースへ向けテンションを上げていきます。
G1レースでお馴染みの鼓笛隊パレードは中山大障害のステータスを表すシーン。
今は冷遇されがちな障害戦ですが、春と秋の大障害(グランドジャンプ)ぐらいは盛大なお祭りレースにしてもいいのではないでしょうか。
パドックが本拠地の若尾文子のおかげで中山のパドックも丁寧にカットイン。
府中もそうですが出走馬とオッズの掲示板は今の半分以下のサイズでしょうか。
枠連と単複しかなかった時代とはいえ、ずいぶんとシンプルなつくりです。
スタートからゴールまでカメラを何台駆使したのか、大障害のレース本番シーンはド迫力の一語です。
大竹柵や赤レンガ大生垣といった鬼畜ギミックに尋常でないアップダウン…。
テレビ中継では映り切らない中山4,100m襷コースの凄まじさが手に取るように伝わってきました。
ハヤテはゴール前の差しきりで大障害を制覇。直前入厩も含めた志村喬の英断がめでたく実を結ぶ大団円となりました。
勝利ジョッキーは我らが探検隊長・川口浩。
レース後のちょっとくたびれた騎乗姿勢など、本物のジョッキーとほぼ見分けがつかない名演です。
競馬ファンなら絶対に釘付けとなる90分。全てのシーンが興味と郷愁を誘います。
逆に言うと、競馬を知らない人は90分見てもさっぱり面白くなかったのではないでしょうか。
トキノミノルの馬主である「大映」永田雅一氏とJRAの蜜月が生んだマニアックな傑作。この手の映像作品は歴史考証の資料としても後世に残るのでとても有意義です。
そういう意味では今の時代でもどんどんチャレンジするべき。まあ「G1DREAM」みたいな糞ドラマになるのが関の山でしょうが…。
2013/12/22
ヒーロー達の名勝負「オグリキャップ復活のラストラン」
録画した日〔2013/11/2:NHK総合〕
第35回有馬記念(平成2年)におけるオグリキャップ復活の真実を探るドキュメント。
鞍上だった武豊を始め、瀬戸口調教師から獣医さんまで様々な関係者の証言で構成されます。
あれから23年、もはや一滴の雫も残らない程に語り尽くされた奇跡のラストラン。
今さら驚愕の初公開秘話などある訳もなし、でもやっぱり西陽掛かった冬枯れのターフ、ギューギュー詰めの中山スタンド等々とセットで年に一度は振り返りたいオッサン殺しコンテンツです。
獣医さん曰く、オグリの心拍数はサラブレットの常識を超えた驚異的なものだっととの事。
そしてこの数値は、惨敗を喫した天皇賞やジャパンカップでは一般的な値に落ちてしまっていたようです。
これは新しい発掘ネタなのか?
たとえプロレススーパースター列伝的な大ボラだとしても、オグリならあり得ると思わせるのが超アイドルホースたる所以です。
レースの分析では、極端なスローペースにきっちり折り合った人馬のファインプレーをクローズアップ。
しかしこれはそもそも、逃げ馬ミスターシクレノン・松永幹夫現調教師が出遅れた事によるもの。オグリ原理主義者として未来永劫賞賛したいミッキーの超ファインプレーでした。
いろんな分析やら証言よりも嬉しかったのはラストラン実況のNHK版が聞けた事。
「さぁ頑張るぞ」のラジオたんぱ版と「”右手”をあげた」のフジテレビ版は何度も聞いたのですが、「ラストランはウイニングゴール!!」のNHK版は23年目にして初めて聞きました。
オグリを勝利に導いたモミアゲのない武豊21歳。
「天才」とカテゴライズされていた事により、当時は逆に凄さを感じなかった気がします。
しかし、今のJRAの21歳ジョッキーに同じ事ができるか、そもそも同じシチュエーションに身を置く事ができるかを考えると、この男の大正義っぷりが際立つというものでしょう。
絶頂期の主戦・南井ジョッキーもコメンテーターとして登場。G1連闘のくだりは「そもそもお前が秋天で…」と言いたくなるもどかしさです。
ちなみにこの他では河内ジョッキーが参戦。オグリの笠松時代の戦友・安藤”アンカツ”勝己ジョッキーは不参加でした。
大復活に至る乱高下プロセスはもちろん、中山競馬場の17万人大観衆、特別番組やら何やらメディアの破格の扱い等々「もう一回やれ」というのが絶対に無理な壮大ドラマ。
オグリキャップというヒーローの存在は、その再来を待つのではなく現実離れしたお伽話として熱く語り継いでいくべきものなのかもしれません。
第35回有馬記念(平成2年)におけるオグリキャップ復活の真実を探るドキュメント。
鞍上だった武豊を始め、瀬戸口調教師から獣医さんまで様々な関係者の証言で構成されます。
あれから23年、もはや一滴の雫も残らない程に語り尽くされた奇跡のラストラン。
今さら驚愕の初公開秘話などある訳もなし、でもやっぱり西陽掛かった冬枯れのターフ、ギューギュー詰めの中山スタンド等々とセットで年に一度は振り返りたいオッサン殺しコンテンツです。
獣医さん曰く、オグリの心拍数はサラブレットの常識を超えた驚異的なものだっととの事。
そしてこの数値は、惨敗を喫した天皇賞やジャパンカップでは一般的な値に落ちてしまっていたようです。
これは新しい発掘ネタなのか?
たとえプロレススーパースター列伝的な大ボラだとしても、オグリならあり得ると思わせるのが超アイドルホースたる所以です。
レースの分析では、極端なスローペースにきっちり折り合った人馬のファインプレーをクローズアップ。
しかしこれはそもそも、逃げ馬ミスターシクレノン・松永幹夫現調教師が出遅れた事によるもの。オグリ原理主義者として未来永劫賞賛したいミッキーの超ファインプレーでした。
いろんな分析やら証言よりも嬉しかったのはラストラン実況のNHK版が聞けた事。
「さぁ頑張るぞ」のラジオたんぱ版と「”右手”をあげた」のフジテレビ版は何度も聞いたのですが、「ラストランはウイニングゴール!!」のNHK版は23年目にして初めて聞きました。
オグリを勝利に導いたモミアゲのない武豊21歳。
「天才」とカテゴライズされていた事により、当時は逆に凄さを感じなかった気がします。
しかし、今のJRAの21歳ジョッキーに同じ事ができるか、そもそも同じシチュエーションに身を置く事ができるかを考えると、この男の大正義っぷりが際立つというものでしょう。
絶頂期の主戦・南井ジョッキーもコメンテーターとして登場。G1連闘のくだりは「そもそもお前が秋天で…」と言いたくなるもどかしさです。
ちなみにこの他では河内ジョッキーが参戦。オグリの笠松時代の戦友・安藤”アンカツ”勝己ジョッキーは不参加でした。
大復活に至る乱高下プロセスはもちろん、中山競馬場の17万人大観衆、特別番組やら何やらメディアの破格の扱い等々「もう一回やれ」というのが絶対に無理な壮大ドラマ。
オグリキャップというヒーローの存在は、その再来を待つのではなく現実離れしたお伽話として熱く語り継いでいくべきものなのかもしれません。
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