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2015/03/26

70's80's JUKEBOXシリーズ 野球選手の歌 #2

録画した日〔2015/3/13:歌謡ポップスチャンネル〕

プロ野球選手の歌を垂れ流す企画の2回戦。
Mrタイガース掛布雅之の「掛布と31匹の虫」(1978年4月)がトップバッターです。
前年のミリオンセラー「GO!GO!掛布」は本人不参加の作品。
満を持しての“Vocal・掛布雅之”に、作詞・はらたいら/作曲・長戸大幸(ビーイング創始者)という盤石の布陣を敷いて臨んだこの曲ですが、出来上がったのは虫のクソレベルの大馬鹿ナンバー。
戦犯はもちろんVocal掛布。
野球選手の歌=クソというパブリックイメージを決定付けた超特大ホームランです。
「暖炉」(1975年10月)
ホークス・江本孟紀
エモやんの美声が際立つアダルトなバラード。
真冬の丸木小屋(暖炉はブッ壊れてる模様)でメソメソするその世界観は、エモやんおよびA面「あぶさん」とまったくリンクしない気がします。

「ガラスの微笑み」(1982年9月)
ジャイアンツ・定岡正二
ミスター長嶋さんに「洋服着るの初めてか?」「うれしいか?洋服着て」と言われるほどのピュアキャラだった定岡。
上京8年目にリリースしたこのデビュー曲は洗練された王道アイドルポップに仕上がっています。

「がんこ親爺の目に涙」(1985年4月)
ファイターズ球団常務・大沢啓二
前年のメガヒット「娘よ」(芦屋雁之助)にインスパイアされた感がありありな、セリフ付きの花嫁の父ソング。
古き良き頑固親父ギミックで大沢親分の右に出る球界関係者はいないでしょう。

「どこまでも愛」(1982年12月)
ジャイアンツ・原辰徳
名フレーズ「ジャイアンツ愛」のベースになったと思われる、入団2年目若大将のデビュー曲。
ちなみにB面曲「サム」は愛犬の名前。
ジャケ写ツーショットにゴリ押しするなど、どこまでもの愛はサムへ向けられたものなのかもしれません。

「ゆれて赤坂ナイトパブ」(1984年8月)
元タイガース・小林繁
1983年をもって激動の投手人生にピリオドを打った小林繁。
セカンドキャリア1年目にリリースしたこの曲は“よしえ”とかいう謎の女性を同伴してのデュエットソング。妖しげなタイトルも相まって理解に苦しむヨゴレ路線です。

「うわさのセクシークィーン」(1981年1月)
カープ・高橋慶彦
「夜の盗塁王」として誉れ高い赤ヘルNo1モテ男・高橋慶彦。
そのセカンドシングルは「Dancin' Dancin'」で始まり「Sexy Sexy」を連呼するという、野球道にもとる超軽薄ディスコナンバーです。

「男の夢」(1986年1月)
タイガース・真弓明信
21年ぶりのセリーグ優勝&球団初の日本一という空前の猛虎フィーバーに乗っかった真弓のデビュー曲。
良く言えばフィーバーに浮かれずしっとり落ち着いた仕上がり、要は毒にも薬にもならない凡庸な演歌調ナンバーです。

「サムライ街道」(1986年12月)
オリオンズ・落合博満
2年連続3冠王が「そこどけぇ!」とエゴイズムたっぷりに歌い上げる名曲。
両A面「そんなふたりのラブソング」では“おっかあ”信子夫人とバッテリーを組むなど、オレ流はもはや誰にも止められません。

「六つの星」(1976年5月)
細川たかし&セリーグ選抜6人
発足25周年を記念したセリーグ公式ソング。
王さん(巨)、山本浩二(広)、田淵(神)、星野(中)、平松(洋)、松岡(ヤ)という文句なしの選抜メンバーですが、歌に関しては凡打の山。
若き細川たかしがサイクルヒット級の大活躍でこの6タコをバックアップしました。

番外で参戦したのは「オマリーの六甲おろし」(1994年5月)。陽気にビーンボールをブン投げるオマリーは狂虎そのものです。
この企画は今回#2でとりあえずゲームセットのようですが、年代フリーの続編に期待したいと思います。