昭和62年新春ジャイアントシリーズからの7試合。
黄金の左・輪島大士とインドの狂虎・TJシンの因縁抗争が中心です。
1.24横浜文化体育館。宿敵・シンとの一騎打ちを前にオンボロ水飲み器で喉を潤す輪島大士。
闘いの土俵は変われど輪島にとってこれは神聖な「力水」の儀式。その背中から大横綱としての矜恃が伝わってきます。
一方のシンは紙切れをカジって狂乱の入場。
これは狂虎流の神聖な儀式なのか?、いずれにせよ前年11月から続く「輪島特需」に悪のテンションは最高潮です。
電車道でガンガン攻め込むこの日の輪島でしたが、ア・シークとかいうザ・シークの紛い物だか小林製薬の売り物だかよく分からん雑魚セコンドが無法乱入。
若林アナによる「とことんやれ輪島!」のゲキも虚しく、試合は輪島の不本意な反則勝ちに終わりました。
終了後のお楽しみ大乱闘ではア・シークにきれいなブレーンバスターを決めた輪島。
前哨戦の1.2後楽園大会では同じア・シークに高角度バックドロップを成功させるなど、プロレス技のレパートリーも順調に増えているようです。
その1.2後楽園で輪島がタッグを組んだのは元幕内力士の石川敬士。名門・花籠部屋で同じ釜の飯を食った師弟コンビです。
石川にしてみれば雲の上の大横綱とまさかの邂逅。
上下関係を超えプロレスを通じてお互いをリスペクトし合う2人は、リングの外でも大の仲良しだったそうです。
試合はそんな盟友・石川が凶器攻撃で大流血というハードな展開に。
これで冷静さを失った輪島がジョー樋口をぶん投げるとジョーはマッハの速さで反則裁定。
この熱いファイトに解説の東スポ山田さんは「私はこれでいいと思いますよ」とテキトー見解を示しましたが、輪島にとってはデビュー以来初めての黒星となってしまいました。
2.5札幌でのリマッチを控えた1.31八戸大会では、金銭感覚のユルさジャブジャブさで双璧を張る阿修羅原との夢のマッチアップが実現。
お金の話はともかくとして、この一戦は横綱対ラグビー世界選抜という屈指のスポーツエリート対決でもあります。
札幌決戦まで待てない輪島はシンのクビ狙いで大暴れの反則負け。
これを受けた東スポ山田さんは「ストップを掛けることはないです。今日のレフェリーはどうかしてますよ!」とインチキ暴論を展開しました。
ちなみにこの日のレフェリーはジョー樋口じゃなくジャパンプロのタイガー服部。
東スポ山田さんはどうやら外様に厳しいタイプのようです。
2.3夕張大会は当地における初のプロレス興行。
馬場さんの粋な計らいなのか、全日のトップスター・天龍(最高位:西前頭筆頭)との華やかな大相撲タッグが実現しました。
プロレスラーとして初めての「巡業」に挑んだ輪島。
お客さんとしてはテレビで見てた大横綱を間近で見られる嬉しいチャンス。きっと行く先々で大人気だった事でしょう。
リングではまだまだ修行の身ですが、興行面での存在感は間違いなく横綱級です。
そんなこんなで迎えた大一番・2.5札幌大会。
ヒンズー語の横断幕(製作:北海道大学プロレス研究班)も掲げられたこの日のシンは、サーベルをア・シークに預け四方の鉄柱に合掌。いつになく神妙な立ちふるまいで入場します。
リングに上がったシンはコーナーポスト下に布を敷いてお祈りの時間を要求。宗派は違えど横綱として神事に携わった経験のある輪島はこれを容認します。
もちろんその後の展開は説明不要。
大事なリマッチのゴングを前にまんまと襲撃コントの餌食となってしまいました…。
正月の後楽園に始まり1.24横浜を経て練り上げてきた因縁ストーリーは、シンが輪島に謎の白い粉をブチ撒けて1発反則負け。土俵の塩と趣を異にする白い粉に輪島は前後不覚の大悶絶となりました。
スター選手の誰もがふり掛けられたマット界の定番アイテム。なんともありがたいジェットシンからの洗礼です。
この正月シリーズの柱は長州&谷津と鶴龍コンビのインタータッグ戦線。1.24横浜と2.5札幌の2連戦が組まれました。
かれこれ1年近くベルトを持っている長州&谷津。セコンドに控えるのは後の売れっ子タレント・アニマル浜口と佐々木健介です。
倉持アナが「四天王の争い」「プロレス絵巻」と大興奮した1.24横浜決戦はリキラリアットで長州が天龍を仕留め防衛成功。
札幌と2戦セットで考える必要はあるものの、ちょっと意外な完全決着です。
若林アナによる「札幌、札幌での決意を!」の突撃に「バカやろー、負けてないよ!」とブチ切れたジャンボ。
札幌決戦が俄然楽しみとなるスキットでしたが、実況席倉持アナは「残酷なインタビュー」「答えになってないようであります」となんともつれない対応でした…。
こうして迎えた札幌決戦は大方の予想どおり1年越しのベルト移動劇で決着。
静かに喜びを噛みしめる天龍とケロッとジャンボスマイル全開の鶴田。鶴龍コンビのコントラストはもはや様式美の域でしょう。
一方、敗れた長州組は素っ気なくサバサバと退場。
それもそのはず、大将・長州はイデオロギーの違いを理由としてこの後早々に全日を離脱してしまいます。
五輪代表3人と幕内力士が繰り広げたハイレベルな「四天王の争い」はこうしてほどよくピリオドが打たれました。
大横綱の名を捨てて凶器で刺されてバンプを取って…。デビュー3ヶ月、この頃の輪島には“無我夢中”という言葉がピッタリ。
本人のスピリットはもちろんですが、ボスの馬場さんや天龍、石川らがリスペクトを持ってサポートしてくれた事もプロレスに夢中になれる大きな要素だったのでしょう。
しかし当時の輪島の年齢(39歳)を超えた今あらためて見ると、四十を前に新たな世界で泥にまみれるという侠気、勇気に恐れ入るばかり。
あのころに戻れたらぜひとも全力で応援したい、愛すべき大横綱です。