昭和56年に行われた燃える闘魂・アントニオ猪木の蔵前決戦2試合。
まず一発目は、6月24日の谷津嘉章日本デビュー戦です。
猪木&谷津の急造師弟コンビに立ちはだかるのは、こちらも急造の最強外人タッグ。
新日の看板ハンセンとこれが新日初参戦のブッチャーは早くもド迫力で臨戦態勢。両雄が並び立つシチュエーションだけで昭和のプロレスファンは沸点到達です。
NYの殿堂・MSGでプロデビュー、国内デビューは猪木を相方に蔵前のメインという破格の待遇を享受する谷津。
後に露呈するふてぶてしさやムサ苦しさなどカケラもなく、朴訥なイイヤツ(谷津)モードで超過激控えアナ・保坂さんのインタビューに答えます。
<保坂アナ>
谷津さん、これが日本マット初登場ですね。
<谷津>
なにもかも初登場で、ホントに…。みんな初めてづくしで…一生懸命頑張ります。
<保坂アナ>
相手はスタン・ハンセンとアブドーラ・ザ・ブッチャーです。
<谷津>
猪木さんもいることだし、大船に乗った気持ちで…。あと、あぁ新兵器も…なんか…、できたら使いたいと思います。
どうにも頼りないオリンピックボーイのマイク芸。
まあ、本業のレベルは折り紙付きなので大きな心配はいらないでしょう。
それより気になるのが傍らに寄り添うギミック上の師匠・猪木。何やら考え事でもしてるのか、低めのテンションでインタビューに答えます。
<保坂アナ>
この大型新人・谷津選手の力強い言葉を聞いてどうですか?
<猪木>
まあ、一年みっちりやってきてくれたと思います。今日はまあ、とにかく力いっぱいやって…。
まああの、結果見ないと分かりませんけど、ンムフフフ。
私もこの前NYでタッグ組んどけばよかったんですけど…。スケジュール合わなくて…。まあ、とにかくやるだけやります、今日は。
「まあ」と「とにかく」が目立った意味深な猪木問答。アントニオ猪木という大船に乗ったつもりのルーキー谷津は、ここから泥船による超過激な大流血航海へ旅立つ事となります。
そもそもブッチャーの新日デビューだけで一面ブチ抜き級のトピックであるはず。
ましてやパートナー=ハンセン、対戦相手=猪木と夢のマッチアップが乱発。これではどんな大物ルーキーでも2枚3枚落ちは避けられません。
そしてレフェリーに抜擢されたのは、なんとブッチャー引き抜きの首謀者でもあるユセフトルコ。
日本マット界におけるリアル「100年に1人の逸材」の門出を、なぜにこの1000年に1人のインチキ野郎に託したのか?
色々と真っ黒な事情があったのでしょうが、谷津にとっては何から何までご愁傷様なデビュー戦です。
前途洋々とは程遠いデビュー戦、それでも谷津はゴング直後にハンセンをスープレックスで投げ切るなど一瞬の輝きを披露します。
しかしその後は延々ブチ込まれるラフ殺法に完全グロッキー。
胡散臭いトルコはもちろん、頼りの大船・猪木もハンセン&ブッチャーのエグい流血制裁をとめる事ができません。
谷津を場外に見殺しにした猪木は、程よい頃合いを見てリングに仁王立ち。安全なビール瓶を手に、お得意の「テメェらまとめて」的な闘魂花火を打ち上げます。
しかしさしもの猪木も1対2では苦戦気味。
ここは黄金ルーキーが蘇生してハンセン&ブッチャーを一網打尽にする流れと思われたのですが…。
大流血の谷津はほうぼうの体でリングに帰還。気力と勇気を振り絞りハンセンに掴みかかります。
しかしこれを受けた(というか受けない)ハンセンは、2,3秒カラんで場外にポイッ。
屈指のレスリングエリートの泥船デビュー戦は、そんなこんなで何にもさせてもらえないまま終わってしまいました。
この年8月に崩壊し文字どおり背水の陣を敷く国際軍団。
その看板を背負うラッシャーの表情には並々ならぬ闘志が漲ります。
しかしなんと、ラッシャーのそんな一世一代の大舞台に突如ブッチャーが乱入。
タレサン&開襟シャツ&巨大バックルのプロレス3ピースに身を包んだ黒い呪術師は、これっぽっちも空気を読まず猪木相手に次期シリーズのプロモをおっ始めました。
ご丁寧に通訳付きでマイクアピールを続けるブッチャーとそれに神妙に耳を傾ける猪木。
真面目なラッシャーを置き去りにした礼を失する2人のコントに、根っからの常識人・坂口征二は「もうやめたげてよ…」とニガい顔です。
グダグダと5分近くリング上に放置されたラッシャーと国際軍団。
365日24/7で血気盛んなアニマル浜口以外は、憐れ試合が始まる前にすっかり体が冷えてしまいました。
華のある猪木と並ぶとどうしても地味さ不器用さが目立ってしまうラッシャー。アームブリーカーで捕獲される姿にも悲壮感が漂います。
この後ロープブレイクにも腕攻め(腕ひしぎ逆十字)を解かなかった猪木。
その結果、すこぶるポジティブなイメージの反則負け裁定が下されました。
ラッシャーの腕をケアする国際軍団はすっかり敗者のような風情。
猪木はそんな彼らのメンタルを弄ぶかのように、勝負に勝って試合に負けた系の自己正当化猛アピールを国技館に投下します。
宿敵猪木から星をもらう…。
角界出身の闘将・ラッシャーにとって、これはピンフォール負けより辛いブックだったのではないでしょうか。
新顔である谷津、ブッチャー、ラッシャーへ敢行した猪木流の理不尽な“おもてなし”。
特に谷津とブッチャーの新日デビュー戦は猪木本人も含め一体誰が得をしたのか…。
いずれにせよその後の2人の存在意義が大きくスポイルされた事だけは確かでしょう。
この5年後「アントニオ猪木なら何をやっても許されるのか」と名ゼリフを残したのは、2試合ともリングサイドにいた前田日明。
猪木なら許されるというより、猪木しかやる奴いないだろうというレベルの冷酷無情な人でなしアングルです。
くれぐれも“当事者”にはなりたくない。逆に言えば当事者のド真ん中でありながら逞しく生き抜いた坂口や藤波、長州はいったいどんなメンタルを持ってたんでしょうか…。